リデル・ハート『戦略論』の翻訳いじり(続き)

 引き続き、リデル・ハート『戦略論』の訳本(1971年刊)を回顧して厭みを言っています。

[上巻90ページ]

【訳文】(パラグラフ途中)ヴィルロアのフランス軍が行動に移ろうとすると同時に、すでにその夜間に新たに東方に向かって大きく旋回して帰ってきていたマールバラは、新しい正面を構成して現出した。かれがこの牽制運動を行ったために、新しく構成した正面は、行軍中の翼側の脆さほどではないにしても、締りのない正面であった。かれは自軍の有利な地位を得ようとしてあまりにも速く到着したので、…(パラグラフ続く)

【原文】... Just as the French were about to move, Marlborough, who had made a fresh swerve back eastward during the night, appeared on the new front they had taken up. Owing to his distracting move it was an ill-knit front, if less vulnerable than their marching frank would have been. He had arrived just too soon for his own advantage, ...

【コメント】また敵味方の取り違えですが、やや説明を要します。フランドルの要塞線を突破して現ベルギー領内に入ったマールバラ軍は、ルーベンにいるヴィルロア率いるフランス軍主力の南へまわって敵の正面を南に向けさせた後、にわかにルーベンの西のブリュッセルへ北上する動きを見せます。これはフランス軍ブリュッセル救援に進んでくるところを、とって返して行軍隊形の横腹をついてやろう、という狙いでした。ところがマールバラの行動は速すぎて、フランス軍はまだ行軍を始めておらず、正面を西へ向けかえたところで、マールバラはそれと正面から向かい合ってしまった、というわけです。the new front they had taken upのtheyをthe Frenchととらずにマールバラととったので(単数と複数なんだからわかりそうなものですが)「マールバラは新しい正面を構成して現出した」という意味不明の訳文ができ、そこから後はひとつも意味がとれなくなってしまいました。

【改訳案】ヴィルロアのフランス軍が今まさに行軍を始めようとしたその時、すでにその前夜のうちにまたもや東に向きを変えて戻ってきていたマールバラが、西へ向きを変えたフランス軍が形成したその新しい正面に現れた。マールバラの牽制のための移動のおかげで、そのフランス軍の正面はぐずぐずであったが、すでに行軍が始まっていたならばその行軍隊形の横腹がそうだったであろうほどには脆弱でなかった。マールバラはあまりにも早く到着したために、かえって目論見どおりの有利な地位を得られなかったのである。