リデル・ハート『戦略論』の翻訳いじり(続き)

 引き続き、リデル・ハート『戦略論』の訳本(1971年刊)を回顧して嫌味を言っています。

 半島戦争の節続きます。

[上巻124ページ]

【訳文】メリダに消極的に留まっていたヴィクトルは、スールの「消失」の後にタラヴェラに呼び戻され、そこでマドリッドへの直接の接近路を守った。その一ヵ月後、ウェルズリーはその接近路を通ってマドリッドへ行軍することを決心し、虎口へ乗込んで一挙にスペインの心臓部へ押入ろうと企図した、というのは、彼は、スペインにある全フランス軍が最も容易なルートを通って集中し得る目標を提供しようとしたのである。その上さらにフランス軍はこうした軸心に向かって集中してゆくことにより、部隊相互間の交通を緊密化する機会を得た―軍が分散していたときは、相互間の交通はフランス軍側の最大の弱点のもとであった。

【原文】Victor, who had remained passively at Merida, was recalled, after Soult's 'disappearance', to Talavera, where he could cover the direct approach to Madrid. A month later Wellesley decided to march by this route on Madrid, pushing into the heart of Spain---and into the lion's jaws. For he offered a target on which all the French armies in Spain could concentrate by the easiest routes. Moreover, by thus rallying on their central pivot they had the chance of knitting together the commmunications between them---when the armies were scattered these communications were their greatest source of weakness.

【コメント】何だかウェルズリーがすべてを事前にお見通しの名将のように訳してありますが、もちろん逆です。最後のセンテンスが正確に訳せているんだから、このパラグラフはウェリントンを褒めるのではなくその愚かさを指摘する場所だとわかっていいはずなんだがなあ。

【改訳案】(第二・第三センテンスのみ)その一ヵ月後、ウェルズリーはまさにこの接近路を通ってマドリッドへ行軍することを決心した。この企てはスペインの心臓部への突進ではあったが、しかし同時にライオンの口の中に身を投じる愚行でもあった。なぜならかれは、スペインにいるすべてのフランス軍が容易至極なルートを通って集中して襲いかかることのできる単一の目標を提供することになったからである。