リデル・ハート『戦略論』の翻訳いじり(続き)

 昔苦しめられた翻訳書を回顧しています。今日は引き続き、B・H・リデル・ハートの『戦略論』の訳本(1971年刊)です。

[上巻85ページ]

【訳文】(パラグラフ途中)それら諸条件のうち、その一つは当時の時代に普遍的なものであるが陸軍の「戦術組織の硬直」であり、それは戦略的機動の完成を困難ならしめるものであった。一将軍は敵を「水辺」に連れてゆくことはできるが、その性癖に反してまで敵に戦闘を受けて起たせることはできないであろう(パラグラフ続く)。

【原文】... Of these conditions, one was general to the age; the rigidity of the tactical organization of armies, which made difficult the completion of a strategic manoeuvre. A general could draw the enemy to 'water', but could not make him drink---could not make him accept battle against his inclination...

【コメント】ブレンハイムの戦いの続きです。「水辺」とは何だろう、ドナウ川のことだろうか、「背水の陣」と関係があるのかなどと昔の私は思い悩んだものです。訳者はわからなかった部分"but could not make him drink"をほおかむりしてしまっていますが、ここを直訳してくれていれば、ああ、あのことわざか、と、中学生でも外国ものを読み慣れた人なら思い浮かぶはずです。"A man may well bring a horse to the water, but he cannot make him drink without he will."(バートレット引用句辞典に載っている形)というやつですね。

【改訳案】それらの条件の一つは、その時代の通弊として、軍隊の戦術的組織が硬直的であったことであり、そのためにせっかくの戦略的機動に画竜点睛を加えることが難しかったのである。当時の将軍は、敵を水場に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできなかった。つまり敵の意に反して戦闘を受けて立たせることはできなかったのである。