リデル・ハート『戦略論』の翻訳いじり(続き)

 引き続き、リデル・ハート『戦略論』の訳本(1971年刊)を検討して嫌味を言っています。

[上巻91〜92ページ]

【訳文】(パラグラフ途中)しかし、フランス軍は今や有能なヴァンドームに率いられており、ユージーヌ軍の到着前に前進して来た。この直接的脅威によってマールバラを退いてルーヴァンに拠らせるようにさせた後、ヴァンドームは突如西に転じて第一回の計略に成功した。すなわち、これによって何の代償も要せずしてヘント、ブルッゲと特にシェルト河以西のフランダース全部を奪還したのである。…(パラグラフ続く)

【原文】... But the French were now under the able Vendome, and they advanced before Eugene could arrive. Having induced Marlborough to fall back to Louvain by this direct menace, Vendome scored the first trick by suddenly turning westwards---thereby regaining Ghent, Bruges, and practically all Flanders west of the Scheldt without cost. ...

【コメント】ヴァンドーム公がマールバラの機先を制したのは確かに「有能」だけれども、「計略」と呼ぶに値するかな、と誰でも思うでしょう。このtrickはあの日本人は誰も知らないカードゲーム(だって麻雀の方が面白いですから)、コントラクト・ブリッジで「一巡」という意味なんですね。四人のプレーヤーが一枚ずつカードを出して、一番強いカードを出したプレーヤーがそのトリックを取り、勝負は取ったトリックの数で決まるわけです。ボクシングの「ラウンド」に訳しておくのが無難でしょうか。あと、practicallyが「特に(particulary)」に読めるというのは、やはりこの人は少し不注意なんだと思います。それにしても、フランダースとかルーヴァンとか言っているくせに、ここだけヘントとかブルッゲ(ブルッヘですけど)とかいやに原音主義なのはなぜ?

【改訳案】しかしフランス軍は今度は有能なヴァンドーム公に率いられており、オイゲンがまだ到着しないうちに前進してきた。この直接的脅威をつきつけて、マールバラが退いてルーベンに拠るようにさせておいて、ヴァンドームは突然西に向きを変え、第一ラウンドの全得点をわがものとした。つまり、無血のうちにヘントを取り、ブルッヘを取り、事実上スケルデ川以西のフランドル全土を奪回したのである。