リデル・ハート『戦略論』の翻訳いじり(続き)

 引き続き、リデル・ハート『戦略論』の訳本(1971年刊)を回顧して嫌味を言っています。

[上巻97ページ]

【訳文】(パラグラフ途中)彼(フリードリヒ二世)の行動した戦場において手持ちの要塞群が比較的少なかったことは彼の有していたもう一つの利点であった。(パラグラフ終わり)

【原文】... The comparative scarcity of fortresses in his theatres of war was another advantage.

【コメント】七年戦争です。この章の中でも出来がいい部分で、間違いは少ないです。ここの間違いは原文にない「手持ちの」を補ったことですね。フリードリヒはザクセンを攻めたりボヘミアを攻めたり、敵地に踏み込んで戦ったので、この「要塞」は敵方の要塞です。フリードリヒが「内線の利」ひとつを頼みに駈けまわることができたのは、敵が野戦軍だったからなんですね。今日はもう一ついきますか。

【改訳案】かれが戦った戦域に比較的要塞が少なかったことが、かれにとってのもうひとつの有利点であった。

[上巻98ページ]

【訳文】(パラグラフ途中)このようにして、敵はその行動のための時間及び空間を喪失するのみでなく、そのための攪乱的効果がさらに迅速かつ容易に形に現われる。(パラグラフ続く)

【原文】... Thus while the antagonist has less time and space for his action, the dislocating results of it take effect more quickly and easily. ...

【コメント】内線の利を論じた箇所です。中央の位置を占めている側にとって、周りを囲んでいる側が、互いに遠く離れていた方が有利か、接近していた方が有利か、という問題を扱っています。リデル・ハートの結論は、接近していた場合、確かに駈けまわるのは忙しくなるが、しかし攪乱的効果は大きくなるので必ずしも不利だとは限らない、というものでそれがこの箇所です。つまりここで言う「敵方antagonist」は囲まれている側なんですね。

【改訳案】こういうわけで、確かに敵方にとって、行動のために使える時間と空間が少なくはなるが、半面、その行動の攪乱的作用はより迅速かつ容易に効き目をあらわすのである。

  • 99ページ。「大迂回を命ぜられていたツァイテンの騎兵が予期しない時期に到着してくれたので」。Zietenなので「ツィーテン」。