リデル・ハート『戦略論』の翻訳いじり(続き)

 引き続き、リデル・ハート『戦略論』の訳本(1971年刊)を回顧して嫌味を言っています。

[上巻101ページ]

【訳文】(パラグラフ途中)ロシア軍はこの穏やかな暗示に直ちに反応して退却したのにもかかわらず、その後引続いて彼はトルガウにおいてオーストリア軍を撃破(これは彼の死後特に名声を博する勝利となった)したが、これまた多大の犠牲を払って得た勝利であった。(パラグラフ続く)

【原文】... But although the Russians promptly acted upon this gentle hint, and retired, the 'posthumous' defeat of the Austrians at Torgau subsequently was another Pyrrhic victory for Frederick. ...

【コメント】この'posthumous'は背景説明が要ります。ロシア軍とオーストリア軍の挟み撃ちにあったフリードリヒは、苦しまぎれに「オーストリア軍はすでに破れた。今度はロシア軍をやっつけるから手筈どおりにやれ」という贋通信文をロシア側につかませ、幸いにこれを本気にしたロシア軍が撤退したので、残ったオーストリア軍に攻めかかります。つまり、「すでに負けているはずの」オーストリア軍という意味なんですね。訳文の「(これは彼の死後特に名声を博する勝利となった)」はこじつけです。

【改訳案】ロシア軍はこの奥床しいほのめかしに直ちに反応して退却していったけれども、そのあとフリードリヒがトルガウで、すでに負けているはずのオーストリア軍に食らわせた敗北は、かれにとってはまたもや犠牲が戦果に引き合わない勝利であった