リデル・ハート『戦略論』の翻訳いじり(続き)
引き続き、リデル・ハート『戦略論』の訳本(1971年刊)を回顧して嫌味を言っています。
今日からは第八章「フランス革命とナポレオン・ボナパルト」に入ります。
この章の訳者も第七章の訳者と同じくらいの腕前で、おそらく同一人物、この本の複数の訳者の中では割合にましな方です。第七章よりできがいいのはさすがにこの戦争は参考書がたくさんあるせいでしょうね。
- 105ページ。「さらに、フランス革命の直前にギベールがフランス陸軍に施した実際の改革こそは、その後ナポレオンが運用した軍隊を特色づけたものであった」。後半の原文は"which fashioned the instrument that napoleon applied." "fashioned"は「特色づける」ではないですね。「のちにナポレオンが駆使した道具を作ったのは」。
[上巻105ページ]
【訳文】(パラグラフ途中)そのわけは、イギリス、オランダ、オーストリア、プロシア、スペイン及びサルジニアによる最初の連合体制が結成されたのはルイ十六世の処刑(一七九三年一月二十一日―訳注)この連合体制が結成されたことがわかってはじめて革命フランスの国民的決意が固められ、人的・物的資源が交戦のため大規模に投入されるに至ったのである。(パラグラフ続く)
【原文】... For it was only after the execution of Louis XVI that the First Coalition was formed---by England, Holland, Austria, Prussia, Spain, and Sardinia---and only then that determination of spirit and resources of men and material were thrown into the scales. ...
【コメント】ここは「革命フランスの」ではなくて「敵味方双方の」ですね。"thrown into the scales"とあるscalesは天秤ばかりの皿のことで、それが複数だから左右両方ということになります。この章の訳は優秀だといいましたが、このくらいの間違いはちょこちょこあります。
【改訳案】なぜならば、ルイ十六世の処刑の後になってはじめて、イギリス、オランダ、オーストリア、プロイセン、スペイン、サルデーニャにより第一回対仏大同盟が結成されたのであり、そしてこの時になってはじめて、敵味方双方の決意の固さや人的・物的資源が、戦争を勝ち抜くために競って投入されるに至ったのである。