リデル・ハート『戦略論』の翻訳いじり(続き)

 引き続き、リデル・ハート『戦略論』の訳本(1971年刊)を回顧して嫌味を言っています。

  • 117ページ。「敵がこの囮を呑込むと、ナポレオンは僅かに後退し、自分の仕掛ける罠にぴったり適合するオーステルリッツの陣地に入って敵前にとぐろを巻いた」。原文は、"When the enemy swallowed the bait, Napoleon recoiled before them to a position at Austerlitz designed by nature to fit his trap." recoilは単に「後ずさりする」。「敵前にとぐろを巻く」は勇み足です。
  • 同。「彼は、敵の退路に対して攻撃を加えることによって敵の左翼を延長させるよう誘引した後、回りこんで敵の中央の弱まった結節を突破し」。原文は、"Luring the enemy to stretch their left in an attack on his line of retreat, he swung round his centre against the weakened 'joint', ..." heがナポレオンでtheyが敵だということは一目瞭然で、この敵味方の取り違えは訳者の戦術眼を疑わせます。敵の退路を脅かしたって敵が左翼を延長する理由はないと思うんですが。改訳案は「ナポレオンは、味方の退路に対して攻撃を加えるように誘うことで敵の左翼を引き延ばさせておいて、いきなり味方の中軍を右回りに回りこませてその「継ぎ目」を突いた」。