リデル・ハート『戦略論』の翻訳いじり(続き)

 引き続き、リデル・ハート『戦略論』の訳本(1971年刊)を回顧して嫌味を言っています。

  • 118ページ。「その後彼は、大きく旋回して、イェナでプロシア軍を潰滅させたが、かれは主に重量そのものに頼ってこの行動を実施したと言える。というのは、かれの占めた位置から発した精神的効果は重要なものであったには違いないが、それは偶然に得られたものであったからである」。後半の原文は、"---the moral effect of his position biing incidental, although important." 「というのは」以下のニュアンスが反対です。改訳案は、「そうはいっても、かれの占めた位置から発した精神的効果もまた、副次的とはいえ重要であった」。

[上巻118ページ]

【訳文】(パラグラフ始まり)ここに見られるナポレオンの間接的アプローチは、牽制及び精神的手段というよりはむしろ牽制の一手段であり、また物理的な「牽引」であった。(パラグラフ終わり)

【原文】The indirect approach as seen here was a means of distraction and physical 'traction' rather than of distraction and moral dislocation.

【コメント】1806〜7年の対ロシア作戦では、ナポレオンは敵の背後への機動を多用したけれども、これは敵を精神的に攪乱するためよりは、敵の退路を断って物量で押しつぶすためであった、という箇所に続く要約。「一手段」は片方だけではなくて両方にかかるんですね。distractionとtractionの洒落を言っていますが、これはルビで対応するしかないでしょう。

【改訳案】ここで見たような間接的アプローチは、敵を攪乱して心理的混乱を起こすための手段というよりは、敵を攪乱して物理的に「牽引」するための手段であった。