リデル・ハート『第二次世界大戦』の不必要な注について


 次へ行きましょう。前回と同じパラグラフの中程。

右翼のリスト軍の任務はクラクフめがけて突進すると同時に、クライストの装甲軍団[*2](第二二軍団)を用いて山間部を踏破し、カルパチア山脈寄りのポーランド軍の側面を回ってその背後へ出ることだった。

 原文は"using Kleist's armour corps"で、「(第二二軍団)」は原文にはありません。丸括弧なんかをつけて威張っていますが、実は前回見たようにしがない「訳者および編集部の補足」なんです。


[*2]の注は、この補足をした理由を次のように述べています。

原書では「装甲[機甲]軍団」(Kleist's armour corps)となっているが前出『電撃戦』の資料によるとポーランド戦当時のクライストの軍団は第二二(歩兵)軍団(22 Armee Korps)とされている。


 『電撃戦』というのはグデーリアン回顧録『一軍人の回想』の訳本ですね。


 この「補足」と注がなぜ無用か、という説明は前回したとおりです。『第二次世界大戦』という本が名著なのは、委曲を尽くしていながらひじょうに短いことであり、そのためにリデル・ハートはあらゆる秘術を使っています。その中には「経緯の単純化」も含まれます。


 たしかに開戦以前の戦闘序列にはクライスト軍団が「装甲軍団」だとは書かれていなかったかも知れません。しかしこの軍団には実際に装甲部隊が含まれており、そして結果的には装甲軍団としての役割を果たしたわけで、こういう場合歴史家はクライスト軍団を「装甲軍団」と呼ぶことを許されます。


 どこまでそれが許されるか、というと、それは主題次第です。一冊の本でポーランド侵入だけを叙述する場合は不適切でしょう。しかし『第二次世界大戦』のような短いのが取り柄の本で、ポーランド侵入を地図を含めてわずか7ページ(原著)で片づけてしまう場合には、当然の処置だ、と言っていいと思います。


 前々回挙げた地図の件といい、「訳者および編集部」には、短いのが取り柄だ、という、この本の勘所がわかっていないとしか思われません。


 この話、まだ続きます。