リデル・ハート『第二次世界大戦』の不必要な注について


 まず申し上げますと、前回の最後に「言語道断なテキスト改竄」があると書いたのは不正確でした。凡例に、

本文中で、〈……〉とあるのは原著者が、(……)とあるのは訳者および編集部が補足したものである。


とあるのを忘れていました。したがって前回の最後の「言語道断なテキスト改竄」は「不必要な注」に訂正いたします。


 しかしこの凡例の処置と文章は変ですよね。


1)[文章]「訳者および編集者が補足」はまだわかるが、「原著者が……補足」は言葉の選び方として不正確ですよね。原著者が自分で書いた文章なら「補足」でも何でもないじゃないか。要するに言わんとするところは、この括弧とその中の文章は原著者が書いたものだ、ということだと思います。


2)[処置]括弧の形の選び方が常識とは逆ですよね。原著者がつけた括弧なら堂々と普通の丸括弧(……)にすべきであるのに、何で〈……〉なんていう変な括弧に身をやつさせるのか。そして「訳者および編集者が補足」の普通の扱いは割り注なのに、何で丸括弧なんかを着て本文と同じ大きさの活字でいばりかえっているのか。普通の読者がテキストを見たときの直感とは正反対の処置であると思います。


 それでは「訳者および編集者が補足」の例をみましょう。60ページ、ポーランド侵入のくだりの訳文と原文。

ルントシュテット(上級大将)の《南方軍集団》に与えられた役割はもっと重要だった。同軍集団は歩兵では《北方》のほぼ二倍、装甲部隊の兵力も多く、第八〈ブラスコヴィッツ大将〉、第一〇〈ライへナウ大将〉、第一四軍〈リスト上級大将〉から成っていた。

The greater role was given to Rundstedt's Army Group in the south. This was nearly twice as strong in infantry, and more in armour. It comprised the 8th Army (under Blaskowitz), the 10th (under Reichenau), and the 14th (under List).


 「装甲部隊の兵力も多く」は準誤訳で、「装甲部隊の兵力は二倍以上」とすべきですが、それはさておき……


 ごらんになってわかるように「ルントシュテット(上級大将)」だけでなく、すべての将軍の名前に当時の階級が「補足」されています。どうやら他の本で調べて書き込んだようです。


 何という愚かしい努力をするのか。


 リデル・ハートの『第二次世界大戦』は、あの大戦争の全貌を、わずか本文713ページ(原著)に詰め込んだ本です。つまり、あの本が天下の名著であるゆえんは、全体を鳥瞰し、各エピソードには委曲をつくした説明が与えられていながら、しかも短いということなんです。リデル・ハートが不必要な情報を削って削って削って書いたあの本に、なんで訳者が無駄な脂肪をつけるのか。


 この話、まだまだ続きます。