「小日本」と『坂の上の雲』

 あまりにも長いごぶさたでした。すみません。

 さて、今回の中国の反日デモ騒ぎで、いちばん印象に残ったのが、あの「小日本」という垂れ幕でした。

 中国人は「小日本」と呼ばれると日本人は悔しがると思っているわけです。

 ところが、あなたもわたしも、「小日本」の国民だと呼ばれて腹がたったでしょうか。

 ちっとも悔しくないんですね。

 そもそも、かの、左翼的な立場からは現代日本ナショナリズムの元凶と言われている、司馬遼太郎の『坂の上の雲』ですが、あの小説の書き出しを覚えていますか。

 「まことに小さな国が、開化期をむかえようとしている」です。

 あの書き出しを読むと、日本人は腹がたつどころか、むしろ感奮興起します。私でさえちょっと胸キュンになります。

 「小日本」はいわば日本ナショナリズムの旗じるしだといってもいいくらいなわけです。

 これは、だから、やっぱり、日本人と中国人は価値観が違うんです。

 中華思想かなにか知らないが、中国人は自分のところを「大中国」だと思っているわけです。

 だからもしかりにどこかの国から「小中国」と言われたら、もう悔しくて悔しくて、夜も眠れないくらい傷つくのでしょう。

 そういう立場からすると、日本は、過去百年くらい一発あてて景気がいいものだから、かならずや自分のところを「大日本」だと思っているであろう。したがって、「小日本」と呼んでやったら自分と同じくらい、夜も眠れないくらい傷つくだろう、と思っているのでしょう。

 だからどうだ、と言う話はとくにありません。面白いな、と思っただけです。政治の話になるといけないのでこれだけにしておきます。

リデル・ハート『第二次世界大戦』の不必要な注について


 もう止めるつもりだったが、始めるときりがありません。126ページ、ドイツ軍のベルギー侵攻のくだり。

次いでヘーブナーの〈第一六軍団麾下の〉二個師団〈第三および第四装甲師団〉[*8]が、爆破を免れた橋を押し渡り前方の平地へと展開した。装甲師団破竹の進撃は、ベルギー軍の総退却のきっかけとなった。……おりしも英仏軍が急遽救援に到来しつつあった。

Then Hoppner's two panzer divisions (the 3rd and 4th) drove over the undemolished bridges and spread over the plains beyond. Their onsweeping drive caused the Belgian forces to start a general retreat --- just as the French and British were arriving to support them.


 ほーら「〈……〉」は原著者の括弧なんていう約束、守れやしないじゃないですか。「〈第一六軍団麾下の〉」は原文にはないので丸括弧にしなくてはならないはずです。いや、あっさりと「ヘーブナー麾下の(あるいは、ヘーブナー軍団に属する)二個装甲師団」とすれば、ここに注をつける必要はひとつもありません。


 注8がまた前と同じようなしょうもないことを言っています。グーデリアン電撃戦』に載っている開戦前の戦闘序列によれば、第三装甲師団はヘーブナー軍団に属していたけれども、第四装甲師団はシュヴェードラー麾下の第四軍団に属していたのだから、リデル・ハートのこの記述は間違いだ、というのです。

第四装甲師団が第一六軍団の指揮[下]に入ったのは、英軍のダンケルクの撤退の後で行われた編成替え後(六月初め)のはずである。


 「はずである」んだそうです。つまり、ウラもとらないで注をつけたわけです。「訳者および編集部」の戦争観では、開戦前の戦闘序列というものは何だか神聖なもので、戦闘のどさくさの間に臨機応変に編成替えするなど言語道断で、戦争が一段落するまで待たなくてはならないものらしいです。


 第一六軍団の第三師団が橋を渡った、渡り終わって橋が空いた、引き続き隣の戦線を受け持つ第四軍団から第四師団を引き抜いて同じ橋を渡れ、というときに、第四師団の指揮権を第四軍団から第一六軍団に移すくらいの編成替えは、すでに無線電信も発達しているこの当時にあってはごく自然な気がしますがいかがでしょうか。


 そうとすれば、ここでの本筋は、二個装甲師団が橋を渡った、という事実です。そのうち一個師団が、開戦前の戦闘序列では別軍団に属していた、というのは、この本の圧縮に圧縮を重ねた叙述の次元においてはトリビアでしかありません。

 何だか事大主義のようでいやだったが、ここまでくるとこの質問をせざるを得ません。リデル・ハートグデーリアン回顧録の英語版「Panzer Leader」に序文を寄せているくらいグデーリアンを高く評価している人です。グデーリアン教の教祖だ、といってもいいくらいです。そう言う人が、グデーリアン回顧録をちゃんと読んでいないなんて、「訳者および編集部」は本気で信じているんでしょうか。


 最後の「おりしも英仏軍が急遽救援に到来しつつあった」は準誤訳です。前とのつながりはここは逆説でしょう。「まさにこの時、英仏軍が救援に駆けつけつつあったのに」。

リデル・ハート『第二次世界大戦』の不必要な注について


 次へ行きましょう。62ページ冒頭のパラグラフの中程。

北方では、(クルーゲの第四軍麾下)グデーリアン装甲軍団(第一九自動車化軍団)[*3]〈キュヒラー軍の先鋒〉がナレフを渡河し、ワルシャワ後方ブーク川の布陣に攻撃を加えていた。

In the north Guderian's armoured corps (the spearhead of Kuchler's army) had pushed across the Narev and was attacking the line of the Bug, in rear of Warsaw.


 簡潔な原文に比べて、括弧が三つもある訳文の字面の汚さはどうでしょうか。


 ちなみにいうと、原本の地図にはナレフ川もブーク川もちゃんと示されていますが、訳本の地図にはどちらも出ていません。


 さて、「訳者および編集部」が「(第一九自動車化軍団)」を補った理由は注3に記されており、前回と同じです。要するにグデーリアン電撃戦』には「第一九軍団」としか書いてない、というのです。私が不必要だと思う理由も前回と同じです。


 ここで問題はもうひとつの補足「(クルーゲの第四軍麾下)」の方ですね。


 この挿入句があるために、この箇所の事情は読者にとっては何が何だかわからなくなっています。クルーゲの第四軍(ポンメルンにいた)の麾下に属するグデーリアンが、どうしてキュヒラーの第三軍(東プロイセンにいた)の先鋒をつとめることになったのか。


 Answers.comに載っていた詳しい地図を見るとこの疑問は氷解します。たしかに開戦前の戦闘序列ではグデーリアン軍団は第四軍に属しポンメルンにいたのです。しかし開戦後、ただちにグダニスク回廊を押し渡って東プロイセンに入りました。そして、何しろ足の速い軍団ですから、たちまち東プロイセンをも西から東へ突き抜け、ナレフ川を渡るときにはキュヒラーの第三軍を追い越して先頭に立っていたのですね。


 極端に減量した『第二次世界大戦』の叙述では、とてもこういう複雑な事情を記しているスペースがありません。それに、第三軍と第四軍はこの方面では共同作戦をとったわけで、グデーリアン軍団の本籍がどちらであるかという情報は、ことの本質には関わりがないトリビアに属します。したがってここでは、リデル・ハートはあえてグデーリアン軍団の本籍を伏せて、読者に無用の混乱を与えないようにしているのです。こういう性格の本では、当然そういう技もまた著者には許されます。


 原著者が叙述の都合からあえて伏せた情報をわざわざ復活させて、読者に無用の混乱を起こさせているのですから、「訳者および編集部」の処置の愚かしさは指摘するまでもありません。


 とにかくこの本を読むときには、丸括弧とその中身は見ないようにして読むのがこつだ、ということになるでしょうか。

リデル・ハート『第二次世界大戦』の不必要な注について


 次へ行きましょう。前回と同じパラグラフの中程。

右翼のリスト軍の任務はクラクフめがけて突進すると同時に、クライストの装甲軍団[*2](第二二軍団)を用いて山間部を踏破し、カルパチア山脈寄りのポーランド軍の側面を回ってその背後へ出ることだった。

 原文は"using Kleist's armour corps"で、「(第二二軍団)」は原文にはありません。丸括弧なんかをつけて威張っていますが、実は前回見たようにしがない「訳者および編集部の補足」なんです。


[*2]の注は、この補足をした理由を次のように述べています。

原書では「装甲[機甲]軍団」(Kleist's armour corps)となっているが前出『電撃戦』の資料によるとポーランド戦当時のクライストの軍団は第二二(歩兵)軍団(22 Armee Korps)とされている。


 『電撃戦』というのはグデーリアン回顧録『一軍人の回想』の訳本ですね。


 この「補足」と注がなぜ無用か、という説明は前回したとおりです。『第二次世界大戦』という本が名著なのは、委曲を尽くしていながらひじょうに短いことであり、そのためにリデル・ハートはあらゆる秘術を使っています。その中には「経緯の単純化」も含まれます。


 たしかに開戦以前の戦闘序列にはクライスト軍団が「装甲軍団」だとは書かれていなかったかも知れません。しかしこの軍団には実際に装甲部隊が含まれており、そして結果的には装甲軍団としての役割を果たしたわけで、こういう場合歴史家はクライスト軍団を「装甲軍団」と呼ぶことを許されます。


 どこまでそれが許されるか、というと、それは主題次第です。一冊の本でポーランド侵入だけを叙述する場合は不適切でしょう。しかし『第二次世界大戦』のような短いのが取り柄の本で、ポーランド侵入を地図を含めてわずか7ページ(原著)で片づけてしまう場合には、当然の処置だ、と言っていいと思います。


 前々回挙げた地図の件といい、「訳者および編集部」には、短いのが取り柄だ、という、この本の勘所がわかっていないとしか思われません。


 この話、まだ続きます。

リデル・ハート『第二次世界大戦』の不必要な注について


 まず申し上げますと、前回の最後に「言語道断なテキスト改竄」があると書いたのは不正確でした。凡例に、

本文中で、〈……〉とあるのは原著者が、(……)とあるのは訳者および編集部が補足したものである。


とあるのを忘れていました。したがって前回の最後の「言語道断なテキスト改竄」は「不必要な注」に訂正いたします。


 しかしこの凡例の処置と文章は変ですよね。


1)[文章]「訳者および編集者が補足」はまだわかるが、「原著者が……補足」は言葉の選び方として不正確ですよね。原著者が自分で書いた文章なら「補足」でも何でもないじゃないか。要するに言わんとするところは、この括弧とその中の文章は原著者が書いたものだ、ということだと思います。


2)[処置]括弧の形の選び方が常識とは逆ですよね。原著者がつけた括弧なら堂々と普通の丸括弧(……)にすべきであるのに、何で〈……〉なんていう変な括弧に身をやつさせるのか。そして「訳者および編集者が補足」の普通の扱いは割り注なのに、何で丸括弧なんかを着て本文と同じ大きさの活字でいばりかえっているのか。普通の読者がテキストを見たときの直感とは正反対の処置であると思います。


 それでは「訳者および編集者が補足」の例をみましょう。60ページ、ポーランド侵入のくだりの訳文と原文。

ルントシュテット(上級大将)の《南方軍集団》に与えられた役割はもっと重要だった。同軍集団は歩兵では《北方》のほぼ二倍、装甲部隊の兵力も多く、第八〈ブラスコヴィッツ大将〉、第一〇〈ライへナウ大将〉、第一四軍〈リスト上級大将〉から成っていた。

The greater role was given to Rundstedt's Army Group in the south. This was nearly twice as strong in infantry, and more in armour. It comprised the 8th Army (under Blaskowitz), the 10th (under Reichenau), and the 14th (under List).


 「装甲部隊の兵力も多く」は準誤訳で、「装甲部隊の兵力は二倍以上」とすべきですが、それはさておき……


 ごらんになってわかるように「ルントシュテット(上級大将)」だけでなく、すべての将軍の名前に当時の階級が「補足」されています。どうやら他の本で調べて書き込んだようです。


 何という愚かしい努力をするのか。


 リデル・ハートの『第二次世界大戦』は、あの大戦争の全貌を、わずか本文713ページ(原著)に詰め込んだ本です。つまり、あの本が天下の名著であるゆえんは、全体を鳥瞰し、各エピソードには委曲をつくした説明が与えられていながら、しかも短いということなんです。リデル・ハートが不必要な情報を削って削って削って書いたあの本に、なんで訳者が無駄な脂肪をつけるのか。


 この話、まだまだ続きます。

リデル・ハート『第二次世界大戦』の地図


 1999年に再刊行されたリデル・ハート第二次世界大戦』は丁寧な作りの本で好感が持てるが、ただひとつ、原著の地図を作り直した仕方が、本文をかえって読みにくくしています。


 原著には、すべてCopyright(c)Cassell & Co. Ltd. 1970とクレジットがついた地図が載っています。白抜きの文字など、かなり読みにくくなっています。


 そこで、1999年の訳本は、地図を全部作り直してあります(元版のフジ出版社の処置は知りません)。


 ところが、その地図が、もとの地図とも、テキストとも、何の関係もない、ただその章で扱われている作戦について新しく引き直した地図なのです。


 たとえば第七章、フランス陥落のくだり、原著の地図は二枚あります。一枚目はドイツ軍のベルギー侵攻を、二枚目は縮尺を落として、ベルギーからフランスへの侵攻を示しています。


 1999年の訳本では、まず120〜121ページの見開きに「黄色計画の変遷」と題する四枚の地図が載っています。ドイツ軍のベルギー侵攻計画の変遷を示したもので、原著にはありません。原著のテキストとも何の関係もありません。しかも、原著にはこの図はないですよとことわったキャプションもありません。


 一枚目の地図を作り直したものは129ページに載ってます。


 原本の地図を見るとまず気がつくのは、リデル・ハートのテキスト通りに、ルクセンブルク国境沿いに南から、第十九装甲軍団グーデリアン)、第四十一装甲軍団(ラインハルト)、第十五装甲軍団(ホート)の三個だけが示されていることです。テキストにはこの点に関することわり書きがあって、

しかしルクセンブルク国境にあった装甲師団七個は、アルデンヌ突入に満を持していたドイツ軍部隊のうちのごく一部だった。全部で実に約五〇個師団が、きわめて狭い前線にびっしりと詰め込まれていたのである。


としてあります。つまり、地図にはこの三個軍団しか示さないが、これは主題を明確化するために状況を単純化して示したものであって、本当はこれ以外にも何個師団もいるんですよ、というわけです。


 ところが1999年の訳本の地図ではどうなっているでしょうか。


 この三個装甲軍団の姿はどこにも見えません。そのかわり南から第十六軍団、第十二軍団、第二軍団、第四軍団など、わざわざリデル・ハートが主題を明確化するために画面から消した部隊だけが示されているのです。


 この点にとどまりません。要するにこの地図は、原図とはまったく別物です。テキストとはまったく無関係な、どこかよそからもってきたものにすぎないのです。


 なんという無茶なことをするのか。


 原著の地図には、リデル・ハート自身の意思が貫かれています。神経が隅々まで通っています。おそらくリデル・ハート自身が、テキストを書き進めながら、自分の手でラフ・スケッチを描いたか、そうでなくても校正刷りにびっしりと朱を入れたはずです。


 テキストでは省略された人名・地名が地図では補われ、地図で省略された状況がテキストで補われ、両者相まってひとつの叙述を提供しているのです。地図上の矢印一本と、テキストの一センテンスが完全に一対一対応をしているといってもいい。


 開いた口がふさがらないとしか言いようがありません。


 この箇所にはまた、言語道断なテキスト改竄不必要な注があります。この点はまた稿を改めて。

古本文庫には変な葉書がはさまっている


 たとえば今日わたくしが何の気なしに買ってきた文春文庫『金子信雄の楽しい夕食』(1991年12月10日)には、

結婚情報ommg
全国78都市83支社を結び、60,000人の中から選ぶパートナー
結婚だけが人生じゃない、とつっぱれるほど私は強くない
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結婚情報イントロGで、紙面を通じて理想の人にアプローチ
全国各地で開催のパーティー・イベントで楽しい出会いのチャンス
文春文庫12月


という葉書がはさまっていました。


 うーん、私はああいう葉書はページを開くじゃまになるのでその場で捨ててしまいますが、とっておいてそのまま古本屋さんに出す人もいるんですねえ。


 帯が破れていたりすると古書価が下がるのは知っていますが、この種の葉書がはさまっていると、五十年くらい先には古書価が上がる理由になったりするんでしょうか。


 もしそうであれば、五十年先の古書市では、あらゆるマンガ単行本のページを開くと、その時点では実物はいいお婆さんになっているアデランスの吉岡美穂さんがにっこりとほほえんでいるのに出会えるのではないでしょうか。


 往事茫々、それはそれでまたいい気がします。わたくしはすでにこの世の人ではないけれど。


 ちなみに金子信雄レシピは、わたくしにはちょっと脂っこくて味が濃いぞ。